EC担当者がAI時代に学ぶべきスキルは、自分の業務を「AIに渡せる作業」「渡すために人が設計する作業」「渡せない現場判断」の3つに分けてから決める。多くの人はツールの操作を覚えようとするが、それは1つ目を速くするだけだ。投資先は2つ目にある。
- 受発注メールの転記やCSV整形のような定型作業を速くする学習は、その作業自体がAIに移りつつあり、投資としては弱くなっていく可能性が高い
- 投資先は「AIに渡すための設計」。業務の分解、入出力の定義、出力の検品基準、止まったときの切り戻し
- 現場固有の判断は既に持っている資産だが、社内でしか通用しない形で眠っている。手順と数字に落として初めて市場価値になる
EC担当者の業務は、AIとの関係で3つに分かれる
①AIに渡せる定型作業。受発注メール本文からの受注データ転記。モール別CSVを整形して商品管理番号の列を揃える作業。商品説明文の下書き。手順が固定していて、途中に判断が入らない。
②AIに渡すために人が設計・検証する作業。どこまで渡してどこから人が持つかの線引き。入出力の形式定義。出力の検品基準。作業そのものではなく、作業を渡せる形に組み直す仕事だ。
③AIに渡せない現場固有の判断。欠品したとき、どの取引先に先に連絡して何を差し出すか。モール規約のグレーな部分の解釈。社内で誰を通せば話が進むか。
①②は手順に落とせるが、③は落とせていないから今も人がやっている。①の範囲はEC受発注・在庫管理の自動化は、どこからAIに渡していいのか、渡した出力の危うさはChatGPTに書かせた商品説明文、そのまま使うと危ない理由で扱った。
学ぶ先を間違える典型は、①を速くしようとすること
EC担当者の求人票12件を、必須スキル欄と仕事内容欄に分けて読んだ。12件を調べた範囲の話で、業界の傾向ではない。
①の個別作業名を必須スキル欄に書いた求人は0件だった。「商品登録」「CSV作成」「受注処理」は仕事内容欄に繰り返し出る。それでも必須欄に出るツール名はPhotoshop、Illustrator、Excelという汎用ソフトだけだ。少なくともこの12件は、あなたが毎日やっている作業を採用の条件とは書いていなかった。
「AI」「生成AI」を必須・歓迎スキル欄に書いた求人も0件。出てくるのは仕事内容欄と求める人材欄で、2件だ。1件は仕事内容に「業務のAI化」と掲げながら、必須スキルは「各種専門学校卒業以上」だけだ。この2件でAIが出てきたのは「これから会社としてやること」の欄で、「応募者に求めるもの」の欄ではなかった。2件では傾向とは言えないが、AIスキルを必須・歓迎に挙げた求人は、この12件には無かった。
では必須欄に何が書いてあるか。原文で引く。「複数の関係者を巻き込みながら、課題を自分で定義して改善・解決した経験(1年以上)」。仕事内容欄には「外注先のディレクション」がある。②の正体は抽象的な「課題設定力」ではなく、外注先や他部署との線引きと、関係者を巻き込んだ課題定義だ。この求人が必須に置いたのは長い運営歴ではなく、1年の、自分で定義して直した経験だった。入出力を言葉で定義できるかはプロンプトが下手なだけで、評価が下がっているかもしれないで書いた。
権限も時間もない、と思ったときに何ができるか
どこまで渡すかを決める権限は自分にない。そう思った人の反発は正しい。実務者の大半は、目の前のツールを触る以外の裁量も、決裁も予算も持っていない。外注やツール導入という解決は、決裁権がある前提の話だ。
決裁がなくても始められる最小単位はある。
- 担当範囲から1業務だけ選ぶ。全社ではない
- その業務を工程に分解し、渡せる範囲と人が持つ範囲の線引きを書く
- 出力が間違ったとき誰がどの画面で気づくかを決める。受注一覧か、出荷指示の直前か
- 止まったときにどう戻すかを1行書く
これで1枚のメモになる。上司の承認を取りに行く資料ではない。ただしメモ自体が実績になるわけでもない。この線引きを持って隣の担当者ひとりに相談し、実際に手順を直したところまで来て、先ほどの必須文と同じ形になる。巻き込む相手は1人でいい。①の作業は止めず、その隣で②を1つ始める。
③は既に持っている。ただし市場価値には換算されていない
③は年数と一緒に溜まるから、本人は資産だと思っていない。暗黙知のままでは社外に持ち出せない。「あの取引先は電話が先」は社内で通じるが、職務経歴書には1行も書けない。
換算は3手順。手順書に落とす。自分の判断が効いた範囲の数字に紐づける(月あたりの対応件数、欠品時の代替提案が通った数、手戻りの回数)。全社のCVRを自分の実績として書くと、面接で因果を聞かれた瞬間に崩れる。そのうえで職務経歴書の言葉に翻訳する。在庫管理の「勘」をAIに渡す前に、言語化しておくべきことは、それを在庫の判断でやったものだ。
学ぶ先を決めても、今の環境で②と③が評価されるとは限らない。学習先と所属先の選択は別の問題だ。
翻訳の答え合わせは、社内ではできない
ここまでの手順で、③の判断は手順書と数字の形になっている。棚卸しとしてはこれで足りる。残るのは、その言葉が社外でどう読まれるかだけだ。
これは一人では確かめようがない。評価の基準を持っているのは社内ではなく社外で、こちらは社内の基準しか見ていないからだ。同じ「欠品対応」でも、取引先との交渉まで含むのか、決められた手順を回すことなのかで、読み手の受け取り方は変わる。その差は、外の基準を知っている人に読んでもらって初めて分かる。
これがない状態で誰かに相談しても、話は「今の職場をどう思うか」に流れて終わる。順番は、棚卸しが先で、相談が後だ。
ECの実務経験しかないが、プログラミングは必要か
②の強化が目的なら、コードが書けること自体より先に、処理を工程に分解して手順に落とせることが来る。AmazonのSP-APIを自分で叩く範囲まで担うなら話は別だ。
AI関連の資格や検定は取るべきか
今回読んだ求人票12件では、資格名の記載は0件だった。だから「取れば評価される」とは書けない。ただ、②を独学するときの教材の目次には使える。G検定(日本ディープラーニング協会、一般13,200円・税込/2026年8月7日時点)の出題範囲は、何を渡せて何を渡せないかを一通り並べている。評価される資格を探すのではなく、②の穴の埋め方を決める道具として使う。
結局、何から手を付ければいいか
直近1週間の業務を書き出して①②③に振り分ける。判定は3つ。手順書を渡せば他人に引き継げるなら①、判断に社内の文脈が要るなら③、①を渡せる形に整える作業なら②だ。

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